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鴨川の鳥たち(続々)

 久し振りに早朝鴨川に下りた。京阪五条の駅のライトが川面におちて、 20 mくらいの幅で流れる川の表面が金色に輝き、何か油絵のような模様だ。反対側のみそそぎ川は公園の照明を映し、その灯りは流れによって、瞬いたり消えたりする。
  どちらの光にも鳥たちは現れていない。京都盆地のなかで一段低くなった一筋の流れに暗闇が堆積し、そのなかで無数の鳥たちが今眠っていると考えると神妙な思いがする。ポケットから煙草を取り出して、一服する。川端通りには暗いかたまりが時折通り過ぎ、街灯が伸びた光のなかに鳥の影を探す。
  五条大橋から何か飛んで来て、川縁に留まった。アオサギのようだ。アオサギが逃げることはあっても、近付いてくることは考えにくいのだが、近頃鴨たちにえさを与えるとき、五条から飛んで来るアオサギにもお裾分けしているので、ひょっとするとその鳥かもしれないと思い着いて、もしそうだったら残念ながら、今日はえさの用意はしていないと、鷺に聞かせるように心の中でつぶやいた。まあ、しかし思い違いかもしれない。その鷺はいつも暗がりでえさをやっているせいで、あまり姿もよく覚えていないのだ。
  えさをやり始めの頃、その鷺は鴨を押しのけて取ろうとするため、パンのヘタを遠くに放ってやったら、鴨グループの外に出て、わたしが投げるのを待つようになった。今では、パンを1切れ撒いたら、1回は鷺にも投げてやるようにしている。
  奇妙なのは、そのえさ撒きのとき、もう 1 羽鷺がいて、近くの中州に立ち、近付きもせずただ見ていることだ。昨日はそちらの方が距離も近かったこともあって、ほとんどのえさは中州の鷺に与えた。いつもの鷺にえさをやるとき、この鷺が近付かない、争ってえさを取らない理由が分からなかったからだ。お腹がいっぱいだからか、常連の鷺とは体力とか年齢とか古参とかで、近付くことができないのか。
  しかし昨日、中州の鷺は全くそういう様子がなかった。もう1羽の鷺に遠慮しているという態度ではなく、鴨が怖がるくらいよくパンを拾っていた。一方、いつもの鷺は遠くに立って見ているだけだ。立場が逆転している。そして、そのことを常連の鷺は容認している。最後のパンをその鷺に投げてやると、ようやく近付いて、食べた後もあらぬ方を向いてその位置でしばらく突っ立っていた。もう1羽の方もよそを向いていて、心なし冷え冷えとした雰囲気だったと思う。





 中州に沿って鴨が泳いでいる。双眼鏡で見るとオナガガモが並んでいる。昨日の夕方のえさ播きには顔を出さずに、今朝はこの辺を徘徊している。パンが好きでないのかもしれない。オナガガモは最近、三条大橋のあたりに固まっていないし、総体的に数が減っている。朝の9時か 10 時になって川下から飛んで来る群れがいるので、出張組かと思っていたけどそうでもないらしい。
  次に出会ったのはマガモで、その後ろ、中州の反対側、川の中ほどを泳いでいるのはカルガモの番いだ。肉眼では見えない。暗闇を犬を連れて散歩する人がいる。西岸は道が悪いため、歩く人は比較的少ないけど、それでも、数組の散歩と出会い、人の顔より犬の顔の方を覚えている。







 昨日、小雨のなか、オナガガモ、ヒドリガモ、それにカルガモが、羽繕いをしたり、お尻を突き合って喧嘩したり、昼寝したり、えさを採っていた、普段は草叢だが数日前から疎水の放流と降雨のため水に浸ったところに鴨の姿は見えない。 近くで見るほど、オナガガモの胸の白さは鮮やかだった。ディスプレイなのか、よく羽ばたきをするし、首をしきりに上下させる。この日は得意の逆立ちはしてくれなかった。雌も首が細いのがとてもチャーミングだ。羽繕いは、首を回して嘴を腰の辺りにこすりつけるのに始まり、その嘴を翼の裏表、首筋など届く範囲に丹念に塗る。油を十分に塗っておかないと命取りになる。ヒドリガモは今日は草を食べずに、オナガガモと並んで、水中に首を突っ込んで、持ち上げると一瞬口の中身を賞味するようなそぶりだ。何かとろんとした表情になる。そして、また直ぐ水中をまさぐる。首を持ち上げたとき、嘴に枯草が挟まっていることがあるけど、全く意に介さない。雄と雌とどちらが熱心か、見比べたけど、いい勝負だ。ヒドリガモは目の周辺が赤いせいか、雌の方は幾分目病みのように見えるのは気の毒だ。もっとも、これは好き嫌いだろうから、わたしがけちをつけても仕方が無い。



 このとき、カルガモは少数派で、水に漬からずに草むらの中でお尻を振り振り、土をほじくっていた。えさやりでは、何故だか分からないが、カルガモがよく集まり、手渡しでえさをやることがあるようになったせいかもしれないけど、近頃はカルガモにもっとも親愛感がある。なにか意思疎通をしているという気持ちになるのはカルガモだけだ。そう言えば、人間の顔に最も近いのはカルガモかもしれない。毛が生えていることを除くと、この鴨だけ肌色に近いし、正面から見ると、いくらか馬面で、なおかつ蒙古系だが、人の顔だと見えないこともない。近頃、人間より鴨を相手にすることが多いので、そう考えるのだろうか。





 松原橋下のホームレスが起き出し、鴨が1群、2群と川上へ飛んで行く。この先にも大きな中州があったけど、増水で2つに分かれた。その割れ目に群れているヒドリガモの声が聞こえ、雲を被った比叡山が見える。烏の声が聞こえる。ヒドリガモが戦闘機のようにローリングして団栗橋の下手に着水する。空を見ると鳶が高いところを旋回している。
 団栗橋の下では、いつも川の中に脚を漬けて魚採りをしている小父さんが漁の準備を始めている。疎水の放流が始まってから、ユリカモメの数が極端に減った。これは、えさになる魚が少なくなったためだと推測しているけど、この小父さんは変わらずに釣り糸を垂れている。元日歩いたときちょうど今時分、南の空が明るくなって、川筋が見渡せた。旅館の客はベランダで、日の出を待っていた。
  四条大橋でも数十人が鈴なりになって東山を見ていた。橋下の段差には白鷺もゴイサギもユリカモメもいない。橋をくぐると、セキレイの声が多くなる。これまで、キセキレイは独りでこの辺りを飛び回り、セグロセキレイやハクセキレイに追われていたけど、先日、相方を見つけたようで、2羽ではしゃぎながら堤防に止まったり、追い駆けっこをして楽しんでいた。三条大橋の橋桁が見える。川にはヒドリガモが見える。鵜はわたしの頭上で旋回してから、漁場に着水した。白鷺は脚を揃えて南へ向かっている。







  現れたハクセキレイの色が薄いのに誘われて、みそそぎ川を見ると、マガモの夫婦がまだ眠っていて、意外にも子鴨までいる。子鴨は起きていて、親の起きるのを待ち、所在なげに浅い川を漕いでいる。猫が通ると、鴨はどちらも首をもたげた。そして、また寝てしまった。わたしが近くにいても、全く気にしていない。
 今頃子鴨が何故いるのか分からないまま、シャッターを押すけど、まだ日が出ていないため思うように写真が撮れない。子鴨は、わたしが気になるようで、遠去かろうとする気配だ。こんな貴重な光景は逃せない。しかし、シャッタースピードが2分の1秒しかでなくてぶれて仕方がない。ISO感度を変えても効果がない。そのうち、この小さな鴨が本当に子供の鴨か疑問が湧いた。鴨の繁殖は初夏ではないか。この鴨が子供鴨だとすると、せいぜい1、2か月だろう。つまり、 11 月か 12 月に産まれたことになる。
  未知の鴨の可能性もある。頭の中の野鳥図鑑を猛スピードでめくる。 ツクシガモやトモエガモはこの辺にいないし、ヨシガモやスズガモならもっと大きいはずだ。 粉雪が舞ってきた。こんなに小さくて、マガモの雌とよく似た羽を持つ鴨。頭が混乱するなか、ようやくまともな写真が数枚撮れた。
  その頃には親鴨も起き出して、雄は翼を震わせ、耳を掻いている。雌は早速えさ探しだ。石の裏側を擦ったり、コンクリの川床を削いでいる。子鴨の次は、親鴨が驚かすつもりだろうか。わたしの足元まで来て、えさ探しをする。こんな機会は幾度もないと、自分に言い聞かせ、辛くなった指で、わたしは鴨の頭の写真を撮り続けた。

   
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